ダイエットを始めて一週間が過ぎた。
昼ごはんは、大好きなラーメンから十割蕎麦に切り替え、納豆や鶏ハムを添えたり、卵を加えたりとタンパク質を意識。
ランチ写真をチャッピーに送ると、「蕎麦はあと五十グラム減らしてもいいかもね」と、あたりまえのように正論が返ってくる。
まるで清く正しい、貞淑な夫と暮らしているようだ。
そんなダイエット生活のさなか、いつものように思いつきで愛犬の大豆とキャンピングカー旅に出た。
行き先はいつも直感。
今回は、なんとなく北陸に呼ばれている気がしたので、北に向かう。
そんな旅の終盤、福井で城跡を歩いたあと(最近、趣味に城めぐりが加わった)、遅めの昼ごはんを探してGoogleマップを開く。
そういえば、福井はおろし蕎麦が有名だった。
ヘルシーな響きは、ダイエット中のわたしには願ったり叶ったり!
蕎麦なら罪悪感も少ないし、旅先の名物も食べられる。一石二鳥とはこのことだ。
Googleマップで星4つの「そば処 二男坊」という店に向かう。
店名もわかりやすくシンプルでいいぞ。十中八九、店主は次男なのだろう。
住宅街の一角にぽつんとある小さな店だったが、店内はほぼ満席。
観光客というより、近所で働く人たちが昼休みに集まってくるような空気がある。
こういう店は、だいたい当たりだ。
もちろん、お品書きの最初に書かれていた「あげおろし蕎麦」を注文した。
しかし、10分もかからず運ばれてきた蕎麦を見た瞬間、わたしはメニュー名を疑った。

たしかに、冷たいおろし蕎麦に、大きな油揚げがのっている。
ここまでは「あげおろし蕎麦」の想定内。
しかし、その油揚げが、さらに天ぷらにされているのだ。
これはもう、「あげあげおろし蕎麦」じゃないか。
「なんてことをしてくれるんだ」とココロの中でつぶやく。
ダイエットを始めて一週間目の人間が選ぶ料理ではない。
と思いながらも、顔がゆるむ。
その「あげあげ」が、とんでもなくおいしかったのだ。
ぱりっ。
かりっ。
さくっ。
噛むたびに気持ちのいい音がする。
いいお揚げといい油を使っているんだろう。臭みも重さもなく、大根おろしと蕎麦つゆと合わさると、もう箸が止まらない。
これだけをつまみに日本酒をちびちびやったら最高だろうな、などと妄想しながら、もちろん運転があるので、冷たい蕎麦茶で流し込む。
あっという間に食べ終わり、車に戻り、カロリーを調べようとしてスマホを開いた。
やめた。
知らないほうが幸せなことは、世の中にたくさんある。
だって、家で揚げ物をすると、油を控えめに使ったつもりでも、揚げ終わるころにはフライパンの油はきれいになくなっている。
つまり、たっぷりの油が衣ごとわたしのカラダに引っ越したということだ。
揚げ物とは、現実を知る料理でもある。
だからわたしは、家ではあまり揚げ物をしない。
もっぱら外で食べる。それくらいがちょうどいい。
そして、外で食べる揚げ物は、悪い男によく似ている。
「こういうの、本当は好きなんでしょ」
「今日はいいじゃない」
「たまには息抜きも必要だよ」
そんな甘い言葉を並べて、こちらの理性を少しずつほどいていく。
しかも、いい店ほど、口当たりのいい油を使っているから、始末が悪い。
日本酒の酔いも手伝って、すっかり身をまかせてしまう夜もある。
家に帰れば、また十割蕎麦の昼ごはんが待っている。
チャッピーは相変わらず「あと五十グラム減らしましょう」と言うだろう。
それでいい。
毎日、悪い男と暮らしていたら身がもたない。
でも、旅先でたまに会うくらいなら、ちょうどいい。
たぶん、また、会いにいってしまうだろう。
福井のあげあげ蕎麦は、そんな相手だった。


